鋼鉄のうばたま

メタル好きアラフォ女が暇潰しに書いてます。

ご近所神社&史跡巡り2017年3月・前編

栃木県小山市では、須賀神社を中心に、国道4号を始め、主要道路を車で走りながらナビを見ていると次々に寺社が現れる。

宇都宮から越して数年、小山は神社が特に多い印象があった。しかし、少し調べてみた結果、数が極端に多い事は無いそうである。しかしながら何となく気になる存在感。

今回はその中の何件かを散歩がてら梯子してみる事にしたのだが、これが予想以上に面白かった。

 

まず一件目が粟宮の「安房神社」。

創建は紀元前の崇神天皇時代、再建は373~399の仁徳天皇時代と大変古い神社だそうだ。

元々はこちらの土地に移り住んだ方々が「神社が必要」と言ったのが始まりだとか。

千葉の方々だろうか・・・。

ともかく人には「拠り所」が不可欠という表れか。

その後も1~2度は建て直されているらしい。今のは建物は江戸時代か明治辺りか??

平将門の乱の時に藤原秀郷が戦勝祈願したら見事に勝利し、汁器などを寄進した話も残っている、なかなか歴史的にも興味深い所である。

小山氏からも鎌倉公方古河公方からも崇高されていたが、北条氏の攻めにより小山氏が没落すると、庇護者を失い一時衰退した時期もあったとか。

しかし再建され、今も国道沿いに鳥居を構え、その参道の奥にひっそりと静かに佇んでいる。

社殿の周りはとても静かな時間が流れている。

本殿の手前に小さな池があり、これまた小さな朱塗りの神橋と水神社があり、良い雰囲気を醸し出している。

へぇ・・、と思いながらお賽銭用の小銭を出しつつ社殿に近づき、ふと見上げて息を吞んだ。

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この彫刻、予想外である。

なんと細かく立体的でイキイキとしている事か。

小さな神社とかなり侮っていた事もあり、非常に恐れ入った。

思えばここは国道4号線沿い。天下の日光東照宮へ通ずる道である。

その関係の名工が彫ったとしても何の不思議も無い。

彫師がどんな方なのかは残念ながら知る事は出来なかったが、その流れはあると勝手に思っている。

更にもっと驚くべきは、その奥にある本殿の装飾である。

格子状に組まれた太い柱に覆われていて覗き込まないと分からないが(それでも観れるのは有難い。観れない造りの所も多い)、動植物や中国古事を元にした様な装飾が、これまた更に凄まじい彫刻で施されていた。

夢中になるあまり写真を撮るのを忘れてしまった程である。多分暗くて映らなかっただろうが。

完成当時は恐らく鮮やかな色彩も施されていただろうとも思われる。

褪せているのも味があってまた良いが、当時の色彩も是非見てみたい。そのような修繕までされるとは思えないので、それはきっと叶わないであろう。

 

2件目に訪れたのは間々田の「間々田八幡宮」。

ここは「ジャガマイタ」という通称「蛇まつり」という奇祭が有名な神社である。

↓こんな感じの龍の頭を持った巨大な蛇を担いで、境内の御池にジャバジャバと蛇に水を飲ますように人ごと突っ込んで行く姿は、地元のテレビでよく紹介されている。※私はそこしか知らない

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500年は続いている祭りらしい。

毎年5月5日に行っている。いつか観に行くかな。

因みに御池はかなり濁っているので、入るのは私なら絶対避けたい・・・。

とはいえ、いつも鯉や鴨、亀などを多く見掛けるので、見た目ほど環境は悪くないのかもしれないが。

 

ここは神社でもあり公園でもある。総敷地面積2万坪。

自然豊かで、休憩するにも散策するにも良い癒しの空間だ。いつ行っても人が居る。

人が集まる大きな要因の一つが、猫が多い事だろう。

無料の猫カフェと化している感すらある。

多い時期で15匹はいたとか。皆ちゃんと去勢・避妊手術が施されているらしいが、非常に残念ながら捨て猫も多く、管理が追い付かないのが現状か、子猫を2匹見掛けた事がある。母猫も子猫も私が近づいても知らん顔で全く動じなかった。警戒心の無さから周辺の方々の温かさが伝わる。

大事にされている様で「持って帰らないで」という張り紙もある。

かつて近所に住んでいた、いわゆる「猫ばあさん」からの継承が始まりの様だと、居合わせた話好きのおばちゃんから教えてもらった。

賛否両論あろうが、こういう場所があっても良いと私は思う。

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さて、神社についててあるが、ここも創建はそうとう古く、1300年位前の奈良時代ではないかという事だ。

ここでも平将門の乱の逸話が出て来る。藤原秀郷は先程の安房神社だけでなく、この神社にも、恐らく近くの他の神社にも戦勝祈願していたらしい。

この神社へのお礼としては神田を奉納されたらしい。それでここ一帯が「飯田(まんまだ)の里」と呼ばれ、現在の「間々田」という地名になったのだとか。

他にも頼朝さん手植えの松があったりする、またまた興味深い神社だ。

しかし、この日は猫と猫好き人間観察とおばちゃんとの会話だけでほぼ終了。

後日、桜の咲く頃にでも再訪しようと思う。

 

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